音の記憶
2012.04.13 Friday
風が、木の葉をふるわせる音は?
鳥が、高い声でさえずる音は?
嵐の海の、荒れた波の音は?
園子先生は、今まで私が聴いたことのある音を、記憶のなかから拾いあげてピアノで表せ、と言った。私が躊躇すると、厳しく罰したが、恐れを飛び越え、震える指で旋律を奏でると、そう、そうよ、とうなづくようにつぶやいた。
先生はフォーレやラフマニノフ、リストやショパンの作った音楽に、あなたの物語をつけなさい、と言った。
旋律を頼りに、脳裏に広がっていく景色。
あたたかい赤、つめたい青、まぶしい黄色、おだやかな緑。
色を知らない私は、ふれたものから想像の翼をひろげ、音楽のなかで自由にはばたいた。
音階が編み出す、植物や動物や、さまざまな人間が交錯する物語。
園子先生のピアノから流れてくるさまざまな音楽は、私の内にある世界を豊かにした。ピアノの蓋に何度指を挟まれても、私は翌日のレッスンを休むことはしなかった。
新しい世界が耳から注ぎ込み、その奔流から新しい物語が生まれる。
私は自分の指と耳を頼りに、物語を模索しつづけた。
